教員の仕事は、子どもたちの成長を肌で感じられ、次世代の社会へも貢献できる、やりがいと感動のあるものだ。一方で、人材不足による長時間労働、外国語教育やインクルーシブ教育といった教育内容の複雑化・多様化に伴う負担増など、現場の抱える課題は少なくない。

教育現場だけでは解決し難いこうした課題に対して、神奈川県川崎市では、教育委員会と教職員が一丸となり、「川崎スタイル」とも呼べる独自の抜本的な改革に取り組んでいる。その効果は、教職員たちの労働環境のみならず、子どもたちの教育環境の改善という形でも現れつつある──。

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きっかけは2023年度、川崎市教育委員会が、市立小中学校の教職員に対して行った勤務実態調査だ。現場の教職員の多忙感や勤務に対する意識について幅広くアンケートを取り、データを収集。その結果、授業に大きなやりがいを感じつつも、多種多様な業務に追われて長時間勤務が常態化し、授業準備や学習指導に今より時間をかけたいと考えているがその時間が十分に取れないという現状が、改めて浮き彫りになった。

川崎市教育委員会 落合隆 教育長 
「そこで、どうしたら教職員の働き方や仕事の進め方を改革していけるのかについて議論を重ね、2024年度、川崎市の全小中学校を対象に『率直に課題に向き合い、解決策を話し合おう』と、大規模な意見交換会を開催したのです」

川崎市教育委員会 落合隆 教育長


ポイントは、校長・教頭のみならず、現場の要である教務主任の参加を促したことだと落合教育長は力強く語る。

落合隆 教育長
「従来のトップダウンのやり方では、真の改革は進まないと思いました。学習計画や時間割を作成して、実際に現場を回していくのは教務主任の方々です。彼らが推進力となって改革を推し進めてくれると考えたのです」

意見交換会では、経験年数や年齢層、学区の異なる教員が意見を交わすことで、予想以上に議論が深まり多様なアイデアが生まれたという。参加人数は、市内の全小中学校の校長・副校長及び教頭・教務主任、計499人。会議の開催回数は年間計31回に及んだ。ここまで熱量の高い取り組みは、政令指定都市の中でも稀有なことだと落合教育長は語る。

異例かつ熱気を帯びた全校対象の意見交換会の様子。参加者は勤務実態調査を踏まえ、各学校で実現できる取り組みを書き出し、他校の意見に刺激されながら、実際に実現するにはどうしたらいいかの実現方法までを話し合った。


こうした意見交換を経て、改革の方向性が固められていったのだが、それは、「業務改善」と「授業改善」の両輪で変えていこうという案だった。まず業務改善で余白の時間をつくり、その時間を今度は「授業改善」に充てる。最終目標は教員たちが求めていた“教育の質を高める”取り組みに当てようというものだ。


両輪による好循環の構築を目指して、2025年度のモデル校を募り改革の実践が始まった。学校によって課題は少しずつ異なるため、モデル校ではそれぞれが自校の重点課題を洗い出し、対策を考え、主体的に行動を起こしていくことになった。

現場が主体となって、次々と働き方改革を実践!

モデル校のひとつとなったのが、中原区の下沼部小学校だ。従来の時間割ではまとまった会議の時間がなかなかとれず、放課後に毎日のように会議が入り、自分のクラスの仕事は後回しに。結果、日々残業を余儀なくされていたという。改革の旗振り役となった教務主任の芳賀淳一さんは語る。

川崎市立下沼部小学校 教務主任 芳賀淳一さん
「どこの学校もそうだと思うのですが、時間割については深く考えることなく、従来のものを踏襲して作成していました。今回、ルーティンになってしまっていたのをじっくり見直したところ、時間は工夫次第でつくり出すことができると気付いたのです」

川崎市立下沼部小学校 教務主任 芳賀淳一さん


たとえば、休み時間を少し短くして子どもたちの下校時間を早め、会議の時間を長くとる。また、月曜日の授業時間を1時間減らし、空いた時間に会議を集中させる。こうした工夫で他の曜日にゆとりが生まれ、教員たちが子どもたちと向き合ったり、授業準備をしたりする時間を増やすことができた。以前は夜遅くまで職員室に明かりが灯っていたが、定時で帰りやすくなったと、ほかの教員たちからはすこぶる好評だという。

芳賀淳一さん
「今までの“当たり前”を見直し、変えていくのは勇気のいることです。変えたらいいと頭では分かっていても、学校の判断だけで実行に移すのは難しかったかもしれません」

だが、教育委員会が後押しし、市全体で改革に取り組もうという気運が生まれたからこそ、思い切った判断ができたのだと芳賀さんは振り返る。

2025年度のモデル校のひとつ、高津区の東高津中学校も、当たり前を見直すことで余力となる時間をつくり出していった。最初は保護者からの反応も気になり、改革に取り組むことに戸惑いもあったという。

川崎市立東高津中学校 教務主任 近藤伸一さん
「私は今年度から教務主任になったため、前年の意見交換会には参加していませんでした。ですから、参加した校長に改革について熱く語られた時も、『本当にできるのかな?』と(笑)。ですが、いつ何をするのかを明確にしていったところ、余白の時間を活用できるようになり、今ではそれがいい効果を生んでいます」

川崎市立東高津中学校 教務主任 近藤伸一さん


東高津中学校では、月曜は部活動をしない日と決めた。また、きちんとした掃除は水曜のみとし、他の日は簡単に済ませるようにした。昔ながらの月曜の朝礼もなくして、1日の最後に入っていたモジュール授業をその時間に充てた。結果、月曜に会議や事務処理を集中させることができるようになり、スケジュール管理が格段にしやすくなったという。

朝礼では、これまで朝早くに生徒たちを集合させるのは一苦労だったのが、1日の終わりにすることでその苦労はなくなり、生徒たちも終わったらすぐに帰宅するので時間の余裕も生まれた。面白いのは、掃除の日を限定したら、「掃除のない日にきれいな状態を保つにはどうしたらいいか」を生徒たちが自ら考えるきっかけにもなったという。教員の自主性が、子どもたちの自主性をも促すようになった好例だ。

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余白の時間が、教員も生徒も生き生きと変えていく

「業務改善」と「授業改善」の両輪が徐々に回りはじめている好循環を、現場の教員たちは肌で感じ始めている。

芳賀淳一さん 
「時間はつくることができると教員自身が実感しているので、『もっとこうしたらいいんじゃないか』とアイデアがどんどん出てくるようになりました。例えば、あらかじめ議題に関する資料を読み込んでもらってから会議をすれば、早く終わらせることができる。短い時間で物事をきちんと決めていくためには、必然的に会議の質を上げる努力も求められます。皆スキルアップしてきたと感じますし、何より自分たちで学校を変えていこうという意識改革になっている」

近藤伸一さん
「授業の質を上げようと努力する先生たちが増えていますね。私は、授業改善のために他県の社会の授業を視察する研修に参加しました。50分の授業中、その先生のお話は5分くらいしかなかったのが衝撃でした。ポイントを絞って説明し、質問を投げかけたら、後の時間は生徒たちに活動を任せている。この授業の映像を自校で見せたところ、やってみたいという先生たちが多く、私は数学で挑戦してみました」

数学は受験科目のため、しっかり“教えこむ”ことが重視されてきた。しかし、近藤さんは生徒たちを心配するゆえに丁寧に指示を出しすぎて、生徒が主体的に活動する時間を減らしていたのではないかと考えた。

近藤伸一さん
「実際に取り組んでみたら生徒たちの主体的な学びが促されて、表情が生き生きしてきました。学びを委ねることで、自分はその分の時間を、生徒たちを見ることに還元できる。こういう授業の仕方が、自分の知らなかったやり方があるのだと気づくことができました」

従来の詰め込む教育から、「自身で課題を解決する力の育成」へ。近藤さんのように、労働時間の改善は新しいアイデアを生み、授業改革でも良い好循環を生んでいくのだと落合教育長は言う。

落合隆 教育長
「働き方改革は、ともすると、単に先生たちの労働時間を短縮させる“働かない改革”になりえます。しかし、今回の川崎市の改革はそうではありません。最終的には子どものため、教育の質の向上のためというゴールがあるからこそ、全職員、方向性がブレることなく、“働きやすさ改革”“働きがい改革”を実践し、成果を出せているのだと思います」


さらに、芳賀さんと近藤さんは、職場の雰囲気や教員たちのライフスタイルにも変化があったと語る。余白の時間は精神的な余裕を生み、自然と職員室での教員同士の会話が増え、雰囲気がぐっと和やかになったのだという。後輩教員も先輩教員に気遣うことなく早めに帰ることが推奨されるようになり、平日もプライベートを楽しむゆとりが生まれてきた。

近藤伸一さん
「仕事の能率を上げ、自分の時間を充実させてリフレッシュできると、また仕事を頑張ろうと思える。そんな良い流れができているのを感じます」

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教育委員会が学校に伴走し、チーム一丸となって「川崎スタイル」を推進!

川崎市の改革が加速している大きな要因として、教育委員会のサポートは外せない。従来の“管理者目線”で動くのではなく、学校の挑戦を見守り応援する“伴走者”に徹するという役割転換をしたことが、学校の自走を促す環境づくりの原動力となった。

たとえば、意見交換会で吸い上げた意見を踏まえた上で、現場の改革は学校に任せつつ、学校だけでは難しい予算を伴う取り組みで改革を後押しする。2026年度は、学校用務の民間委託や水泳指導など専門授業の外部委託をはじめ、教材費などの学校徴収金事務の民間WEBサービスの活用、複雑化かつ困難な課題が増える中、スクールロイヤーの配置を拡充するなど、多面的に教職員の負担軽減をサポートする予算案を編成した。

落合隆 教育長
「もうひとつ、これぞ『川崎スタイル』と言えるのが、この改革が小学校と中学校が一緒になって進めているという点です。小学校での取り組みが遮断されることなく中学校につながり活かされていく。“小中連携”を実現させることで、学校の改革意識も子どもたちの自立する力も、長いスパンで育まれていくんです」

芳賀淳一さん、近藤伸一さん
「いわば『チーム川崎』といった一体感で進んでいる実感がありますね。教育委員会の後押しのおかげで、色々なことにチャレンジして変えていけるという確かな手応えを感じ、現場の気運も高まっています。教員を目指している若い方たちは、ぜひこの流れに合流し、仲間になってもらえたらうれしいです」

チーム一丸となって業務改善と授業改善のサイクルをつくり、教員や子どもたちの笑顔あふれる学校の実現を目指す「川崎スタイル」。まだその挑戦は始まったばかりだが、今後モデル校の改革が川崎市全体に広がり、教育の質が高まっていけば、川崎市自体が教育のモデル都市となり、未来を担う子どもたちが集まる“活気あふれる都市”として、さらに成長していくのではないだろうか。

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