パナソニック ホールディングス株式会社(以下パナソニックHD)は2021年からグループ全社を巻き込んだデジタルトランスフォーメーション(DX)プロジェクト「Panasonic Transformation(PX)」に取り組んでいる。
これは、事業会社・分社の経営幹部が策定した「PX:7つの原則」をもとに進行しているのだが、今回は、その1つであり、PXを進める上での土台「現場も含めたグループ内で、データ・テクノロジーを利活用できる人材を増やし支援する」ための取り組みについて話を聞いた。
パナソニックグループでは、PXアンバサダーという、変革を推進する人材を公募し、人材育成と支援に当たっており、現在約60名が活躍しているという。

──世の中では「DX」が一般的ですが、なぜパナソニックグループではあえて「PX」と呼んでいるのでしょうか?
パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社 黒田健太朗さん
「元々、現在のパナソニックHD副社長である玉置肇が多くの社員が『DX』という言葉に対して抱くイメージに疑問を感じていました。どうしても『DX』=『情報機能が中心となってシステムを新しく置き換えていくこと』を想起しがちですが、本当のトランスフォーメーション(変革)は、システムだけでは完結しません。社員一人ひとりの働き方、企業文化、オペレーションの仕方まで含めて変わらなければ意味がない。そんな課題感から、情報システム部門だけでなく、パナソニックグループ全体が対象となる変革であるべきだという想いを込めて、『PX』という独自の言葉を使っています」
──その中で御社では、データ・テクノロジーを利活用できる人材を増やし支援するために「PXアンバサダー」という制度を設けました。きっかけは何だったのでしょう?
黒田さん
「私たちのプロジェクトでは、研修提供や、グループ横断のコンテストも推進していますが、データ・テクノロジーを利活用できる人材を増やすには物足りなさを感じていました。そこで出てきたのが『得意な人が、困っている人を助ける』というPXアンバサダーの構想です。実は僕自身、このプロジェクトのリーダーをやっていますが、パソコンがめちゃくちゃ苦手なんですよ(笑)」
──PXのリーダーなのにですか?(笑)
黒田さん
「そうなんです。でも、苦手な僕でも、隣に得意な人がいて『こうやるんですよ』って教えてもらえると、そのやり方を覚えて次は自分でできるようになる。実は、この原体験がアンバサダーのベースにあります。アンバサダーはいわば、“自転車の補助輪”です。最初は、お困りごとに対して横について一緒に走る。2回目からは依頼者自身が自分で走れるようになる。そうやって『できる人』を草の根で増やしていくのが狙いです」
──実際にアンバサダーという仕組みを作って運営されているのが栗岡さんです。制度設計で特にこだわったポイントを教えてください。
パナソニック インフォメーションシステムズ株式会社 栗岡舞さん
「私は『関わる全員がハッピーになる仕組みにしたい』という強い想いがありました。 実は私自身、社内外の有志活動やコミュニティ活動を実施していますが、活動で知り合う人から思うように活動できないという『悩み』を多く聞くことがあります」
──それは、どんな「悩み」ですか?
栗岡さん
「『活動自体はすごく有意義で、自身の成長や人脈の広がりにも繋がるし、もっとやりたい。でも、どうしてもボランティア活動のように見えてしまい本業の評価には繋がらず堂々と活動ができない…』そういった声が多いんです。なので、PXアンバサダーは“個人の趣味”や“ボランティア”ではなく、堂々と社内から評価されるものにしたかった。そこで上司にも後押ししてもらえるように上司の承認を得た上で、業務時間の一定割合を活動に充てる『グループ内複業制度』の仕組みを取り入れました。経営層から感謝状を贈ってもらったり、『パナソニックグループの公式活動』という部分をしっかり押し出すことで、アンバサダーを介して活動した成果が組織に還元できることを上司を含めまわりにも理解してもらえるよう進めてきました」
──そんな中で、実際にPXアンバサダーとして、北丸さんは初年度から活躍されています。普段はどういった業務をされているのでしょうか?
パナソニック エンターテインメント&コミュニケーション株式会社 北丸恵寛さん
「普段は経営企画部門で、経営数値の管理、資料作成やプロジェクト推進といった、事業運営に携わる業務をやっています」
──なぜアンバサダーになったのでしょうか?
北丸さん
「もともと所属部門の業務改善の取り組みの一環でMicrosoftのPower Automate Desktopという自動化ツールを使って業務の効率化活動をやっていたんです。それが上手くいって、ワンクリックで何時間もかかる資料が自動作成できるようになりました。でも、『周りの人は使ってるのかな?』と見渡してみたら、全然広まっていなかったんですね。どうやったら広めることができるのかと考えていた時に、ちょうどPXアンバサダーの募集が始まったので、手を挙げました」
──実際のアンバサダーの活動はどのように進むのですか?
北丸さん
「お悩み・お困りごとを書き込めるポータルサイトがありまして、そこに書き込まれた内容を我々アンバサダーが確認します。『これなら私のスキルで解決できそう』と思えば手を挙げて、Teamsなどで質問者と連絡を取り合って解決策を提案するという流れです」
栗岡さん
「ちなみにそのポータルサイト自体も、アンバサダーの皆さんに作ってもらっています。進めていく中でより使いやすくなるように皆で議論しながらどんどん良いサイトに仕上がっていっています」
北丸さん
「活動していると、似たようなお困りごとが結構多いんです。それをテンプレート化して、ポータルサイトで公開するといった取り組みも行っています」
──これまで、どういったお悩みがありましたか?
北丸さん
「昨年度、ある調達部門の方から相談を受けました。毎日、レポートを作成して提出しないといけないというルーティーン業務があって、それを自動化したいと。最初は私が伴走して、『ここはこう設定するんですよ』とアドバイスしながら一緒にツールを作ってお悩みを解決しました。でも、一番嬉しかったのはその後です。依頼者の方が、ツールを作る過程でどんどんスキルアップしていき、『次は私が誰かを助けたい。来年度はアンバサダーになりたい』と言ってくれたんです」
栗岡さん
「これが本当に嬉しいサイクルなんです。依頼者が解決を通じて成長し、次は解決策の提供者になる。そうやってアンバサダーになってくれる方が出てくることで、7つの原則の1つである『現場も含めたグループ内で、データ・テクノロジーを利活用できる人材を増やし支援する』を体現している活動だと改めて感じています」
──アンバサダーになって得られたメリットはありますか?
北丸さん
「普段の業務だけだと、どうしても自分の事業部内の人としか関わりませんが、アンバサダー活動を通じて、グループ内の違う会社や部署の人と知り合え、自分自身の成長に繋がります。あと、PXアンバサダーの懇親会では、パナソニックHD副社長の玉置を始めとした経営幹部も普通に参加してくれるんです。また懇親会以外に『有志会」という飲み会を独自に企画しているのですが、様々なグループ会社に所属しているPXアンバサダーが参加してくれて親睦を深めています」
黒田さん
「経営幹部からは、アンバサダーの活動はPX機運醸成のカギだといった内容のコメントがあり、アンバサダーとの懇親会にも混ぜてほしいというリクエストが来るくらいで」
北丸さん
「PXアンバサダーの活動を通したお困りごと解決やスキルアップに加えて、様々な方たちとの繋がりも生まれるので、もっとたくさんの人にアンバサダーになってもらいたいですね」
──オンラインだけでなく、リアルの活動もされているんですよね。
北丸さん
「『お出かけアンバサダー』といって、グループ会社の拠点や工場などに出向いてイベント形式で相談会をやっています」

栗岡さん
「パナソニックグループは各地に拠点があるということもあり、当初は完全オンラインでやっていたんですけど、どうしてもオンラインではリーチできない層がいることに気付きました。でもそういった方々こそこの活動がマッチすると思い、こちらから直接出向くことにしました。内容としては、現地のデータを使ったデモやお困りごととして多い事例をセミナー形式で紹介したり、個別のお困りごと相談をブース形式で行っています」

──PXアンバサダーの今後の目標をお聞かせください。
北丸さん
「私は、皆さんの業務効率化をお手伝いしていますが、アンバサダー活動も効率化できるんじゃないかと思っています。例えば、PXアンバサダー活動を通して、いろいろな知見が溜まってきているのですが、それらの情報を活用してAIエージェントを作れないかなと考えています。過去に解決した類似案件は、我々が直接回答しなくてもAIが一次対応をしてくれて、新規案件や人の手でサポートした方が良い内容だけ人の手をかけるといったことができないかと考えています。限られた人数で、より大きな成果を出せるように活動をどんどん推進していけたらと思います」
栗岡さん
「私の最終ゴールは、PXアンバサダーという制度がなくなることです」
──なくなることがゴールですか?
栗岡さん
「全員がアンバサダーと同じくらいのITリテラシーを持てば、アンバサダーがいなくても、隣の人同士で教え合って解決できるようになりますから。 3年後くらいには…ちょっと言い過ぎかな(笑)。でも、それくらい先には、パナソニックグループが“ITに強い会社”として世の中に認識されるようになればいいな、なりたいなと思っています」
──最後に、DX化に悩む企業や担当者の方も多いと思いますが、今後どのように向き合うことが大切になってくるのでしょうか?
黒田さん
「日本企業のトランスフォーメーションにおいて重要なのは、トップダウンのクリアな戦略だけではなく“現場の共感”だと思っています。トップが右と言っても、現場が腹落ちしていなければ誰も右を向きません。だからこそ、経営層はこうした現場が腹落ちして活動するボトムアップ施策に共感して、支援し続けてくれているんだと思います。PXアンバサダーのように、従業員がトランスフォーメーションに携わる中でDXに共感を持つ機会を作ることと、その機会を維持し続けることに経営者が強くコミットすることが会社が変革を起こすカギになると確信しています」
DXの必要性が叫ばれて久しいが、いまだに悩みを抱える企業の担当者も多い。パナソニックグループの取り組みは、そんな人たちの解決のヒントとなるだろう。
