皆さんは「エコチル調査」をご存じだろうか。環境省が全国の親子10万組を対象に2011年から実施している大規模な国家プロジェクトで、環境が子どもの成長や発達にどう影響するのかを長期的に調査している。

熊本大学はエコチル調査の立ち上げ時から参加し、南九州・沖縄地域の拠点として重要な役割を担っている。

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「エコロジー」+「チルドレン」でエコチル調査

私たちを取り巻く環境は近年、大きく変化している。子どもたちの間では、ぜん息やアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患、肥満、発達障がいが増加傾向にあり、その多くは経済状況、人間関係やストレスといった「社会環境」、食生活、運動などの生活習慣、暮らす地域の自然や空気も含めた「生活環境」、さらに遺伝的な性質などが複合的に絡み合い、影響しているといわれている。

そこで環境省では、「身の周りの環境」に着目し、それら環境要因が子どもたちの成長や発達にどう影響を与えているのかを明らかにしようと、疫学調査「子どもの健康と環境に関する全国調査」をスタートさせた。「エコロジー」と「チルドレン」を組み合わせて「エコチル調査」と呼ばれている。

現在、国立環境研究所のコアセンターと国立成育医療研究センター内のメディカルサポートセンターを中心に、全国15カ所に拠点となるユニットセンターを設置。医療機関、自治体、教育機関と連携・協力して調査が進められている。

そのうち、熊本、宮崎、沖縄3県で構成される南九州・沖縄ユニットセンターは熊本大学に、サブユニットセンターは熊本大学、宮崎大学、琉球大学に置かれている。

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熊本県内では、3エリアで約3000組が参加

熊本県内では、人吉・球磨、水俣・芦北、天草エリアを対象に調査が行われ、約3000組の親子が参加している。調査では、家族構成や住環境といった情報提供のほか、妊婦には妊娠中の血液や尿、出産後には毛髪などの試料を採取・提出してもらったり、1年に2回質問票への記入を依頼したりしている。

質問票だけでは把握できないより専門的な調査も行っている。歯の生え替わり期となる小学校4年生を対象に、抜けた乳歯を提供してもらい、化学物質の影響を調べる乳歯調査も実施。そのほか、無作為に選ばれた5000人を対象に、自宅を訪問し、ハウスダストや空気の採取といった環境測定のほか、採血、身体測定、精神神経発達を調べる医学的・発達検査も含めた詳細調査も行っている。

「エコチル調査」の結果は、子どもに影響を与える環境要因の審査基準への反映や見直しなど、リスク管理体制の構築に役立てられ、子どもが健やかに成長できる環境の実現を目指しているのに加え、南九州・沖縄ユニットセンターでは、実際の調査の実施だけでなく、エコチル調査の存在とその意義を広く知ってもらおうと、広報や啓発活動にも力を入れている。

工作や陶芸教室、音楽ショー、映画上映といった親子で楽しく参加できるイベントを開催し、家族とスタッフが交流を図ったり、調査結果を報告したりすることで、調査参加への意欲を高める活動を続けている。また、子育て情報誌『ひごチル』を定期的に発行・配布しているほか、地元新聞への記事掲載、ラジオ番組への出演なども行っている。2025年秋には、エコチル調査に参加している子どもたちによる音声を収録し、ラジオCMとして放送した。

2017年に人吉市で開催した「くぼたまさと工作ショー」。会場は大盛り上がりだった。
天草市で2019年に開催した「親子陶芸教室」の1コマ。子どもも大人も笑顔で楽しんだ。
子どもたちによるCM収録の1コマ。元気な声がスタジオに響く。
ラジオ番組収録中の南九州・沖縄ユニットセンタースタッフ(左上は局のアナウンサー)。

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2025年9月28日、この日は天草市で学童期調査を実施。11〜12歳の子どもと保護者が参加し、健康に関する聞き取りのほか、身長・体重測定、採血、精神神経発達検査などを行った。

参加した保護者に、エコチル調査への思いや期待することについて聞いた。

天草市、女子の母
「調査に参加すると、子どもの成長の記録が残る。健康や環境ついて詳しい情報が得られるのもありがたい。データや結果が子どもの次世代につながっていってほしい」

上天草市、男子の父
「子どもに発達障害があるため、健康や成長のことを気にかけている。エコチル調査が、将来に良い影響が出ると期待している」

天草市、男子の母
「妊娠中から成長段階に応じて調査してもらえるのは貴重な機会。参加している子どもの兄がアトピーなので、環境との関連を調べることで、今は無理でも次の世代で原因が判明してくれるとうれしい」

上天草市、男子の母
「未来のためになるのなら、という気持ちで参加している。食べ物の添加物には気を使っているため、健康への食べ物の影響が詳しく分かれば、これから生まれる赤ちゃんが助かる」

天草市で開かれた学童期調査の様子。健康に関するヒアリングや身体測定、採血などが行われた。

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熊本大学も研究に貢献!これまでの調査で分かってきたこと

エコチル調査の過去13年の貴重な調査データは、全国の研究者により解析・研究が進められる。これまでに報告された研究成果は、2025年10月末現在で554編に上る。

内容は、母親の喫煙と子どもの出生時体重の関係や、食品に含まれる貴金属の妊婦と子どもへの影響、母親のスマートフォンの利用状況、スポーツが子どもの運動能力の発達に及ぼす影響など、さまざまだ。

南九州・沖縄ユニットセンターでも積極的に研究に取り組んでおり、
・妊娠中のフェノールばく露と出生児のぜん息発症の関連
・胎児期の水銀ばく露と子どもの精神神経発達、けいれん発症の関連
・妊娠中の自己免疫と早産との関連
の3編のほか、多くの研究成果を発表している。

研究結果の中には、明確な関連結果が得られなかったものもあれば、有意な結果をもたらしたものもある。子どもの健康や発達には多因子が相互に作用するため、こうした結果をひとつひとつを積み重ね、さらなる研究に取り組むことが非常に重要となる。熊本大学と南九州・沖縄ユニットセンターでは、原因や因果関係解明に貢献するために、引き続き研究に取り組んでいく。

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調査期間の延長による、新たな解析・研究に期待

エコチル調査は当初、子どもが13歳になるまでのデータを収集する計画で始まったが、2022年、参加者の思春期以降から成人期、その次の世代への健康影響などを確認するために、18歳までの継続が決定、最終的には40歳程度になるまで継続する方針が打ち出されている。

エコチル調査に携わる熊本大学大学院 生命科学研究部 小児科学講座教授 中村公俊さんに、エコチル調査への思いや、今後の展望・抱負について聞いた。

熊本大学大学院 生命科学研究部 小児科学講座教授 中村公俊さん
「私は、調査の立ち上げ時からネットワーク構築や調査の進め方、段取りなど、主にマネジメントに携わってきました。調査期間が40歳まで延長の方針となったことについては、これまでの活動や研究成果が認められたからだとうれしく思います。今後は、子どもを対象にした調査では分からなかったことが、もっと分かるようになるでしょう。携わる医師も、私のような小児科医から他の専門医にバトンタッチしていく必要があります。調査を最後まで見届けられなくなりましたが、次の世代にスムーズにつなげていけるよう努めていきたいと思います」

熊本大学大学院 生命科学研究部 小児科学講座教授 中村公俊さん


13歳以降は、時代の流れと共にITを活用し、参加者のライフスタイルに合わせた調査方法として専用アプリを活用。隙間時間に回答することが可能になり、参加者の負担を軽減できるようにもなっているという。

エコチル調査は今後、「子ども時代」だけの調査から、「人間の一生」を解き明かす調査へと進化していく。そして、より医学的価値と大きな意義をもつデータをもたらすと期待されている。

*「エコチル調査」に提供いただいた試料やデータは、分析後も長期保存して将来の研究に役立てられます。試料・データからは、個人が特定される情報は取り除かれ、照合のための番号をつけ、取り扱うスタッフを限定した上で、細心の注意を払い厳重に管理、保管されています。

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