日本のインフラの多くは1960年代を中心とする高度経済成長期に整備されため、半世紀以上がたった今、一斉に更新時期を迎えている。しかし、その数が膨大であることに加え、自治体の財政難や人手不足が重なり、維持管理は困難だ。「社会インフラの老朽化」は、今や全国規模の喫緊の課題になっている。
私たちの暮らしを見守るように照らす街路灯も例外ではない。そこで注目したいのが、愛媛県とパナソニック株式会社 エレクトリックワークス社(以下パナソニック)が取り組む「LD-Map」だ。LD-Mapは、従来の人に頼った街路灯管理をDX化することで、人手不足を解消し、効率的・効果的な管理を実現する予防保全型インフラ維持管理サービス。2024年から、愛媛県が実施するデジタル技術の社会実装プロジェクト「トライアングルエヒメ」の一環として、現在、新居浜市と八幡浜市で実装検証が進められている。
照明などの電気設備を通して未来を創る、パナソニックの取り組みをチェック

愛媛県 企画振興部デジタル戦略局 デジタルシフト推進課 課長 山本大輔さん
「『トライアングルエヒメ』を実施する愛媛県は、名産品のみかんの栽培やマダイの養殖といった第一次産業が盛んな『南予』、西日本最高峰の石鎚山があり、タオルや製紙などの第二次産業が盛んな『東予』、道後温泉を擁し、観光業など第三次産業を中心とする『中予』と、3つの地域から構成され、各地域が異なる特徴をもっています。そのことから、デジタル技術の実装検証フィールドとして非常に適しているのです」

トライアングルエヒメは2022年にスタートし、2025年までの4年間で国内外のデジタル企業から約1,500件の応募があり、うち115件のプロジェクトを採択。2024年度までの3年間で約2,900人のデジタル人材を輩出しており、目下、国内最大級のデジタル実装フィールドのひとつになっている。
インフラ管理を「事後保全」から「予防保全」に転換するために
パナソニックがLD-Mapの事業化に初めて着手したのは、トライアングルエヒメ参画からさかのぼること3年前の2021年。照明事業を原点とするパナソニックは街路灯でも高いシェアを誇り、灯具の交換工事を多く請け負ってきた。街路灯は先端の灯具部分とそれを支えるポール部分から成るが、灯具のみ交換されるケースが多く、残ったポールは老朽化が進み、倒壊リスクが残っていた。そこへ近年の自然災害の増大によりリスクが高まり、『予防保全型』のインフラ維持管理の必要性を感じ、事業化を決定したという。

パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 ソリューションエンジニアリング本部 商品・サービス企画部 部長 役野善道さん
「異常が発生した後に対応する『事後保全』より、劣化が少ないうちに補修する『予防保全』のほうが効率性も安全性も優れていることは明らかです。しかし、なかなか転換が進んでいないのが実情です。そこでパナソニックでは、実現に至らないのは人材や管理ツールの不足が一番の要因と考え、インフラ設備のメンテナンスDX化に豊富な知見をもつアルビト社を共創パートナーとし、効率的かつ効果的なDXサービスの開発に取り組みました」
目指したのは、スマートフォンを簡単に操作するだけで点検作業ができるアプリの開発。集めたデータはAIでサポートして熟練者でなくても劣化の検証ができるようにすること。さらに、デジタルマップに落とし込み、地域特性や時系列による分析を俯瞰で管理できるようデータベース化し、予防保全計画を立てやすくするというものだ。
スマホアプリで街路灯をカンタン点検
「まずは、スマホでLD-Mapのアプリを立ち上げます。地図上に街路灯のピンが多数表示されていますので、点検したい街路灯のピンをタップしたら、次に写真撮影へと進みます。街路灯に貼られた管理番号、ポール根本の左右の接地面、支柱全体、そして灯具を撮影します。ポールの根本に水溜りができるような窪みがないか、錆が著しくないか、錆の劣化に直結する植栽が接触していないかなど、チェックリストで該当部分にチェックを入れたら点検完了です」。7月末に新居浜市で行われた現地見学会では、実際にLD-Mapを使ったデモンストレーションが行われた。驚くことに、1本の点検にかかる時間はわずか2分。

LD-Mapでは、スマホで撮影した時点でデータは自動でクラウドにアップロードされるので、その後は庁舎に帰り、PCですぐに作業に取り掛かれる。LD-Mapを立ち上げると地図が表示され、撮影した街路灯のピンが現れる。ピンはAI判定により劣化度別に色分けされており、緑は問題なし、黄色は要注意、赤は要対処・緊急対応という状態だ。さらにピンをタップすると、過去に撮影した写真のアーカイブや、今回撮影した写真の錆部分がAIで劣化度別に黄、赤などハイライトで表示されたものが表れる。小さな穴は赤く囲まれて表示されており、見逃しがない。


LD-Mapではフィルタリング機能を使って危険な状態の街路灯のみを一覧表示したり、その日に点検したものだけを表示するといった使い方もできる。必要なデータを選択しボタンを押すだけで、あっという間に報告書の出力も可能だ。
新居浜市 建設部道路課 副課長 松木太郎さん
「操作は本当に簡単。スマホをふだん使っている人なら、誰でも間違いなく作業できると思います。現在、市の道路課が管理する街路灯は約940基。これまでは、担当者がデジタルカメラで街路灯を撮影し、SDカードでPCにデータを取り込んだ後、手作業で紙の報告書を作成していました。この一連の作業に1本あたり、20分以上かかっていたと思います。そのため点検が行き届かず、住民からの通報を受けての対処療法にならざるを得ませんでしたが、これなら事務系の職員でも効率的に点検が進められるし、膨大な対象物の劣化状態を把握できるので便利です。予防保全ができれば、倒壊リスクの低減と予算の平準化も期待できます」

パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 ソリューションエンジニアリング本部 ソリューション事業統括部 主幹 立花徹さん
「DX化される一番のメリットは、調査結果を時系列で追えることです。以前は注意レベルだったものが数年後に危険レベルになったなど、変化を確実に捉えることができます。また、要注意と判定されたポールが何本あるのかを地図上で一覧にして、優先順位をつけて計画的に修繕してくこともできます。これが、『事後保全』から『予防保全』へ転換が期待できるこのサービスの最大の価値だと考えています」

新居浜市 建設部道路課 課長 亀井英明さん
「実装検証の舞台である新居浜市は、日本の近代化に大きな役割を果たした別子銅山を有し、四国屈指の臨海工業都市として発展してきました。しかし、ほかの自治体と同様、インフラの老朽化、デジタル化への遅れ、職員の減少などの課題を抱えています。特にインフラの老朽化への対応は、気候変動にともなう気象災害時の緊急対応も年々増加していて効率化・省人化が急務です。そこで、実装検証に参加し、パナソニックの担当者の方たちと対面で協議を重ね、現状の管理体制や業務フローから課題を抽出、改善点の整理を行いました。その後パナソニックでテストアプリを製作くださり、実際に新居浜市の現場で使用することで、100件を超えるフィードバックを行ってきました。そうした密なやりとりを重ね、改良を加えて、今のLD-Mapにつなげてきたのですが、現場からは、『直感的に使えた』『点検工数の削減につながった』と確かな手応えを感じられる声があがっています」

新居浜市がモデルケースとなり、全国へ
現在実装検証中のLD-Mapだが、2026年にはサブスクリプション形式での正式リリースが予定されている。パナソニックの試算では、サービス導入により予防保全が実現し、ポールの寿命が20年から40年に伸ばすことができれば、ライフサイクルコストが大幅に削減される見込みだ。愛媛県では、新居浜市・八幡浜市の2都市を皮切りに県内での横展開を検討しているという。
またパナソニックでは、将来的には対象物をガードレールや標識など増やしていくとともに、実際の補修工事のサポートなどへも展開していくビジョンもあるという。目標は、2030年までに全国50自治体くらいでの導入の拡大だ。
山本大輔さん
「今回、パナソニックにご参画いただいたソリューション事業は、県民の皆さんの安心・安全を守り、生活の質向上につながります。ビジネスや日々生活をする場所として愛媛県が選ばれる地域であるために、これからもDX化を推進していきます」
松木太郎さん
「どの自治体も人・モノ・財源不足に悩まされているなか、市民の皆さんの安心・安全な暮らしを守るために、今後こうしたDX化の取り組みは不可欠になっていくと思います。今回のプロジェクトが全国のモデルケースになり、新居浜の名前や街の魅力が広く知られるようになればうれしい」
新居浜市では、例年10月に四国三大祭りの一つである「新居浜太鼓祭り」が開催される。豪華絢爛な太鼓台と呼ばれる54台の山車が練り歩いた後、人々が家路につく静かな夜道を、今後LD-Mapで安心・安全に維持管理された街路灯の光が温かく照らすことだろう。そんな安らかな光が、この町から全国に広がり、「当たり前」のものとなっていくことを願いたい。
