これ以上の成長が期待できず、他社との差別化が難しいといわれるパスタ市場。そんなパスタ市場に風穴を開ける商品が登場した。発売から2か月で1000万食を出荷した、ニップン「オーマイプレミアム」の乾燥パスタ「もちっとおいしいスパゲッティ」だ。

「成熟市場と言われる業界に変化を起こし、活性化することに本気で取り組んでいる」と力を込めるニップンの前鶴俊哉社長。ヒットの鍵は“本気”のマーケティングにあった。

マーケティング精鋭集団とのタッグで浮かび上がった「本当に求められているのは“おいしさ”」

創業128年、製粉業界のパイオニアとも言われるニップンは6月20日、有名テーマパークの再建で知られる森岡毅氏率いるマーケティング会社「刀」との協業を発表した。両社が協業を始めたのは、2022年秋のこと。

もともとBtoB中心の事業展開をしてきたニップン。業務用事業だけでなく、家庭用事業もさらに成長させたいと考えたとき、「消費者を深く理解するマーケティング力が必要」という結論に至った。そこで「刀」とのタッグに踏み切った。

ただパスタ関連市場は、差別化が難しい「コモディティ市場」や、これ以上成長が期待できない「成熟市場」とも言われ、活性化は難しいとされてきた。

株式会社ニップン 前鶴俊哉社長
「我々の市場は、大きな変化を起こすことが必ずしも簡単ではない状況。創業以来、品質の良いものをお客様、消費者にお届けすることには妥協なく長く取り組み続けている。それにプラスして、消費者が本当に求めることを深く理解して開発に展開できれば必ず変化を起こせると信じて、この取り組みをスタートした」

株式会社ニップン 前鶴俊哉社長

両社が協業を開始しまず着手したのが、「徹底した消費者調査」。
これまで、パスタの売り文句は「ゆで時間が短い」「チャックがついていて保存しやすい」「麺が100グラムずつ束ねてある」といった“簡単さ・便利さ”に焦点が当たるものが多かった。しかし深掘りした調査の結果、本当に求められていたのは“おいしさ”ということがわかった。

株式会社刀 森岡毅CEO
「一番大事なのは、消費者の本能を衝くこと。早くパスタがゆであがるというのは素晴らしい便益だが、その数分の違いと本当に美味しいと実感できることを天秤にかけた消費者はいない。消費者が本当に欲しいのは、おいしいということ。消費者の脳内構造を深く分析していった結果、実は、このど真ん中が空いていることに気づいた」

株式会社刀 森岡毅CEO

「消費者起点のマーケティング」を徹底し、「マスターブランド戦略」で小よく大を制す

元々、ニップンには冷凍パスタ市場でNo.1争いをしていた「オーマイプレミアム」という強いブランドがあった。この冷凍パスタについて、「トレイ入りで便利」という機能訴求から、本来持つ「具が大きくておいしい」という“おいしさ”を前面に訴求する戦略に変更。“おいしい”冷凍パスタブランドとしてのコミュニケーションを開始し、イメージを消費者に植え付けた後で、そのブランドを冠した乾燥パスタ「もちっとおいしいスパゲッティ」を発売した。

複数のジャンルの商品を一つのブランドで作ることで、集中して投資できる環境を実現。自社よりも規模が大きい競合と戦うため、「マスターブランド」を作って効率化をはかる必要があった。


3月に発売された「オーマイプレミアム」の乾燥パスタは、徹底した消費者起点のマーケティングに基づいて開発された。

6万人以上のユーザーを対象に、家庭用パスタについて調査を実施。「おいしいと思うパスタの食感」について尋ねたところ、「もちっとした食感」を好む人が多いことがわかった。
一般的なパスタは「デュラムセモリナ100%」で作られることが多いが、調査結果を受けて、もちっとした食感を生む「国産小麦」を配合し、これまでにない食感を実現した。

また、“おいしさ”をわかりやすく消費者に伝えるために、パッケージにもこだわった。ゆであがったパスタの写真を湯気とともに中央に配置することで、「おいしそう」と直感的に思ってもらえることを目指した。

2月に発売したオーマイプレミアムの乾燥パスタ「もちっとおいしいスパゲッティ」


森岡CEO
「これまでのパスタのパッケージは、工業製品みたいだった。もっと美味しそうに見せるだけで、消費者が買うときにいろんなことを期待して、頭の中で連想するだけで幸せになれる。『美味しい美味しい』って言うだけじゃなくて、実感できる美味しさを訴求することに着眼した」

マーケティングのプロが入ったことで、消費者が一番求めていることに気づき、そこをアピールしていく消費者起点の開発が実現した。

協業開始から1年半「実際に変化が起き始めている」 

協業開始から1年半ほどが経過し、結果は目に見える形で伸長している。「オーマイプレミアム」の乾燥パスタは、2月の発売から2か月で1000万食を出荷した。その結果、ニップンの乾燥パスタのシェアは、5月までの2か月で前年同期比32ポイント増加した。

さらに、今回の協業はパスタ市場全体にも変化を巻き起こしている。成熟市場と言われ、変化が難しいとされているにもかかわらず、乾燥パスタの市場規模の成長率が直近2年間のトレンドと比較して7ポイント拡大しているのだ。(下図参照)

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前鶴社長
「パスタ市場全体が成長し始めていることに手ごたえを感じている。長年『変化が起こりづらい』といわれてきた業界で、新しい価値を喜んでいただける方が確実に増え、実際に変化が起き始めていると考えている。そして我々の使命である、消費者に幸せと喜びを届ける、笑顔を届ける『ウェルビーイングの実践・実現』に直結している」

期限付きの協業で、マーケティングのノウハウを“移植”する

ニップンと刀の協業は、あらかじめ期限が設けられた上でスタートした。その間に刀が持つマーケティングのノウハウをニップンに伝授して、協業関係を終えた後もその手法がニップンの中に残るようにすることを目指している。

前鶴社長はマーケティングの強化を考えた時に、刀が単なるマーケティングの会社ではなく、そのノウハウをニップンの社員に教え、“移植”される点を重視し、協業を決めた。

協業スタート時には組織変更を行い、企画・開発・製造・営業の各部署から新しいことに取り組む意欲を持つ社員をメンバーに選んで、マーケティングの専門部署を立ち上げた。本社から現場までが一貫して消費者起点に生まれ変わる、“本気”の組織改革だ。

中でも、営業担当者にマーケティングスキルを植え付けることを重要視した。消費者心理を奥深くまで理解し、それを小売店にしっかり説明することが自社製品を棚に並べてもらうことにつながる。そのために消費者の気持ちを小売店に伝えるアプローチ方法を、刀が伝授した。社内にマーケティングのノウハウを伝道していくトレーナーを数十人規模で育て、協業を終えた後もニップン社内で継承システムを維持強化していくことを目指している。


前鶴社長
「組織として必要としている『消費者を理解するための力』が社内に浸透し、売上高の増加など一定の成果が出始めている」

今年度の目標、「オーマイプレミアム」ブランドの売上をこれまでの3割増にあたる120億円とすることは「十分達成できる手ごたえを感じている」と話す前鶴社長。「消費者調査を徹底した上で戦略を立てて、新たなカテゴリーの商品を展開することも考えている」と意気込みを語り、ゆくゆくは現在培っているマーケティング力をBtoBの部門にも生かしていきたいとのことだ。

強味としてきた「ものづくりの力」に加え、「消費者起点のマーケティング力」を自社のものとし、ニップンはパスタ業界にさらなる変化を起こしていく。

株式会社ニップン:https://www.nippn.co.jp/index.html