(ブルームバーグ):欧州連合(EU)離脱を巡る英国の政治情勢は変わりつつある。離脱方針を決定した国民投票から10年を経て、世論調査ではEU再加盟への支持がほぼ常に過半数を占めるようになった。政治家もEUとの関係再構築に前向きな姿勢を強めている。
だが、いったん負った損失の回復は容易ではない。ブルームバーグ・エコノミクス(BE)が2016年の国民投票結果の影響と、この影響を巻き戻す3つの現実的な選択肢を分析したところ、EU離脱の完全撤回を含まない3つのうちどれも、離脱で英国が失った生産の半分も取り戻すことはできない。
今月下旬に国民投票から丸10年を迎える節目を前にBEが公表した分析によると、EU離脱で英国経済は既に国内総生産(GDP)の2-4%を失っている可能性がある。
これは過去に行われた試算の一部よりも少ない損失とはいえ、BEが推計した長期損失の中央値はGDPの2.5%に相当し、政府の逸失税収は年約300億ポンド(約6兆4400億円)に上る。英国防省の設備予算全額を賄える規模だ。

「英国を欧州の中心に」
英国政府がEUとの関係修復を政治的な優先課題としているのも、経済的な理由が大きい。EUはなお、英国のモノの貿易全体の約半分を占める。EU残留支持派ながら、24年の首相就任前はEU再加盟に関する話題を慎重に避けていたスターマー首相だが、最近では「英国を欧州の中心に位置付ける」方針を打ち出している。
首相に挑む動きが与党・労働党内で見られる中で、EU問題は再び英国の政治の中心的な争点になろうとしている。次期首相として有力視されるバーナム・マンチェスター市長やストリーティング前保健相は、EU離脱の是非を蒸し返さないと明記した労働党の公約にいずれも異議を唱えてきた。
首相が誰であれ、EU離脱運動を率いたナイジェル・ファラージ氏との対決が待ち構える。同氏が党首を務める右派ポピュリスト政党「リフォームUK」は、過去1年以上にわたり政党別支持率で首位を走る。このため親欧州派のブレア元首相らは、EUとの交渉を急ぐのではなく、国内の主要政策課題を片付けるよう促す声が上がっている。
一方、安全保障上の懸念も英国のEU接近を後押しする。ロシアのウクライナ全面侵攻、ドナルド・トランプ氏のホワイトハウス復帰が続き、英国とEUはともにロシアの脅威を強く感じる中で、米国の支援に対する確信は後退。EU内でも対英関係で妥協することへの支持が高まった。
「経済学者の間では、英国のEU離脱の影響は大きなものになるというのが一貫した共通認識だった」と、キングス・カレッジ・ロンドンのジョナサン・ポーテス教授(経済学・公共政策)は説明。
「証拠が示しているのはまさにその通りで、国民もそれを明確に認識している。現在では大多数が、EU離脱は英国に損害をもたらしたと受け止めている。ロシアの脅威や理不尽なトランプ氏の存在といった地政学的な変化で、EU離脱を支えていたいくつかの基本的な前提も覆された」とポーテス氏は論じつつ、「だからと言って、英国とEUの大幅な関係緊密化が容易だという意味ではない」と続けた。
対価
EUとの貿易関係を強化すれば利益は大きいが、その対価も小さくはない。国民投票でEU離脱を支持した票の多くは、EUが義務づける加盟国間の人の自由な移動への反対からだった。
人の自由な移動は現在でも「レッドライン(越えられない一線)」だと、スターマー首相は主張している。移民への反発がファラージ氏のリフォームUKなど、右派ポピュリストの台頭を世界的な招いている現状を踏まえれば、国境の再開放はなおさら実現しにくい。
このためBEが分析したEUとの関係を英国が強化する場合の3つのシナリオは、いずれも英国がEUを離脱した2020年1月31日で終了した人の自由な移動の完全な回復を含んでいない。
また、3つとも全て、実現には長期にわたる交渉と大幅な譲歩が必要となる。具体的には、英国が発言権を持たないままEUの規制を受け入れること、EUへの拠出金支払いを再開すること、一定の新たな移民を受け入れることなどが求められる。

EUとの現在の合意が英国経済に及ぼす長期損失をGDPの2.5%とする基本シナリオを前提とする場合、EUとの関係強化によりGDPの0.4-1.2%分、税収にして年50億-144億ポンド相当を回復できる可能性があると、BEは分析。この試算にEUへの新たな拠出金の支払いは含まれていない。
分析したシナリオのうち、経済効果が最も大きかったのはモノの欧州単一市場への再加盟だ。この構想は英当局者が最近口にしているが、EU諸国は拒否している。次に効果が大きいのは、EUがスイスと結んでいるような複数の貿易協定を組み合わせたパッケージ。最後が非関税の貿易にコミットするEU関税同盟への再加盟となる。
スターマー首相は労働党が2024年の総選挙で掲げた、人の自由な移動や単一市場へのアクセス、EU関税同盟の回復を追い求めないとの公約を守ると繰り返し語っているが、政府は明らかにそのレッドラインを試し始めた。
政府当局者はモノの欧州単一市場への参加について利点を強調し、5月にはスイス型の取り決めに向けた一歩と見なされる法案も提出した。
この法案は、議会の採決なしに新たなEU規制の受け入れを可能にするもので、「動的整合」と呼ばれる。皮肉なことに、19年に当時のジョンソン首相がEU離脱を迅速化するために利用したのと同じトップダウン型の仕組みだ。
このような形でのEU規則の受け入れは、ジョンソン氏が譲歩を拒み、基本的な自由貿易の取り決めのみでEU離脱を強行した5年前には考えられなかった。
政治的な勝算
労働党が強気になっているのは、政治的な勝算があると踏んでいるからだ。反移民の高まりがリフォームUKを支持率首位に押し上げる一方で、ファラージ氏最大の政治的成果であるEU離脱には失望が広がりつつある。

ブルームバーグが9日に公表した英国の成人1137人を対象としたイプソスの調査では、約52%がEU再加盟を支持すると回答した。国民投票の再実施にもほぼ半数が賛成し、実施時期は次回総選挙の前と後で半々に分かれた。
これに対し、EUの外にとどまるべきだと答えたのは33%にとどまり、約10%は判断を保留した。
マンチェスター大学のロブ・フォード教授(政治学)によれば、EU離脱を巡る世論の変化には生活水準の低下が背景にある。
「長期の景気低迷で、EU離脱支持と残留支持の両者に現状では駄目で、政治も機能していないという認識を抱かせている」と同氏は指摘した。
EU統計局と英政府統計局(ONS)のデータによると、2000年から16年の間に英国はフランス、スペイン、イタリアを上回る経済成長を遂げた。ところが16年以降、英経済の成長率はイタリアとスペインの半分でしかなく、フランスを下回った。
人口動態も変化した。離脱支持者は高齢者層に偏っていたため、10年の間にその一部は亡くなった。縮小しつつある離脱支持層はリフォームUKに集結している。
原題:What Rolling Back Brexit Would Mean for the UK Economy(抜粋)
--取材協力:Tom Fevrier、Maeva Cousin、Martin Ademmer、Eleonora Mavroeidi、Irina Anghel、Andrew Atkinson、Alex Wickham、Antonio Barroso.もっと読むにはこちら bloomberg.com/jp
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