交代した直後にトラックが…
事故当日の土肥さんの勤務状況について父親は。
【亡くなった土肥純樹さんの父親】
「その当日、同じ現場で工事を4人で行っていた。2人、2人交代でやっててちょうどその交代した直後にトラックが突っ込んで来た」



土肥さんの父親とネクスコ中日本によりますと、当時は現場の約700メートル手前から車線規制が行われ、車両はすべて追い越し車線に誘導されていました。

現場であることを示す「標識車」の手前に土肥さんが立ち、標識車と作業車両の間に長森さんが立っていたところへトラックが突っ込んできました。
妻からの電話で土肥さんが事故に遭ったことを知った父親。いつもと変わらず出勤する姿を見たのが最後となりました。
【亡くなった土肥純樹さんの父親】
「同じ頃の時間にいつも(仕事に)出て行ってたんですけど。いつものように出て行って。ろくに言葉も交わさず」「集中治療室に入れさせてもらって私が行った時はもう色々管をつけられてて意識はないまま。顔は比較的綺麗な顔をしてましたね」

友達も多く仕事に対して真面目だったという土肥さん。
今月21日の「父の日」には、家族で食事に行くことを楽しみにしていたといいます。
【亡くなった土肥純樹さんの父親】
「口数が少なくてあまり愛想がないんだけでも心根は優しい。猫をよく可愛がって。仕事は真面目だね。怠けて休むのは一回もない」「感情をぶつけても息子は戻ってこんしね」











