核兵器禁止条約の初めての締約国会議がオーストリアのウィーンで開かれています。こうした中、全国各地から広島・長崎に向かう、原水爆禁止国民平和大行進が、宮城県内で行われていて、参加者が条約の批准などを訴えました。

原水爆禁止国民平和大行進は、各地をリレーしながら被爆地広島・長崎を目指すもので、65回目の今年は5月に北海道をスタートし、6月18日に岩手から宮城に引き継がれました。
23日は、参加者が仙台市内の街頭に立って、核兵器のない社会の実現を訴えるとともに、6月21日からオーストリアのウィーンで開かれている核兵器禁止条約第一回締約国会議で、日本政府がオブザーバー参加を見送ったことを批判し、条約の批准を求めました。

宮城県平和行進実行委員会事務局長 川名直子さん:
「今回の第一回締約国会議にもオブザーバー参加もしていないということは本当に残念でならない。日本政府が早く条約に参加して自ら橋渡しをする、それを現実的に進めてほしい」

平和大行進は、名取市や丸森町で行われた後、福島県に引き継がれます。

また、締約国会議の開催を複雑な思いで見守っている人がいます。

仙台市在住の被爆者 木村緋紗子さん(85):
「被爆国である日本が批准するべきだと私は思っている」

8歳の時に広島県で被爆し父や祖父など家族・親類を亡くした木村緋紗子さん(85)は、初の会議開催を嬉しく感じていますが、日本が条約に批准しておらず会議への参加も見送ったことには悔しさを感じています。

被爆者の木村緋紗子さん(85):
「被爆をした唯一の国が批准すれば、やはり批准しなければならないと核保有5か国を口説くことができるのでは。時間がないんです、私たちには。もう10年すると被爆者はゼロになりますよ」

一方で、会議の場で被爆者がスピーチしたことは大きな意味があると評価します。

被爆者の木村緋紗子さん(85):
「被爆を核兵器を体験している人たちがモノを言うことは、それだけ大きな重みがある。良かったのではないかと」

木村さんは引き続き、核兵器の廃絶を目指し、日本の条約批准を訴え続けたいと話していました。