福島第一原発の事故をめぐって避難などを強いられた住民が国に賠償を求めた集団訴訟で、最高裁は国の責任を認めない判断を示しました。

17日午後、最高裁判所前。およそ3800人の原告を代表し、先頭で法廷に向かったのは渡部寛志さんと2人の娘。原発事故が原因で家族が引き裂かれました。

福島県南相馬市の自宅が避難区域に指定された渡部さん家族は、愛媛県に避難。その後、長期化する避難生活で先行きが見えぬ将来をめぐり、妻と意見が対立し、離婚しました。

長女・明歩さん
「結局、家族の分断が精神的には一番この10年で辛かった。(震災を)正直忘れてしまいたい」

渡部寛志さん
「私自身もどうしてあげたら良いか分からないような状況」

長女は妻と福島県でくらし、渡部さん自身は次女とともに避難先とふるさとを行き来する生活を送っています。

渡部寛志さん
「苦しみとか心の痛みとかをちゃんと聞き届けてもらえたと実感できる判決になってほしい」

一方、判決の時を福島県須賀川市の自宅で静かに迎えたたる川和也さん。

農業をしていた父は、原発事故から12日後、放射能の将来への影響を悲観する言葉を残し、自殺しました。

たる川和也さん
「これ、国の責任認められなかったら、道理上おかしな国だって。そんな国ある?」

彼らのように事故で人生を狂わされた人たちは4つの裁判所で集団訴訟を起こし、東京電力と国に賠償を求めてきました。4訴訟全てで住民側が東電には勝訴し、賠償の支払いは決まりましたが、国の責任の有無については最高裁で争われていました。

そして17日。

裁判長
「国が賠償責任を負うということはできない」

最高裁が国の責任を認めなかった一番の理由。それは、国が東電に津波対策をとらせたとしても、事故は回避できなかった可能性が高いと認定したことです。

裁判長
「実際の津波は試算より規模が大きいものだった」

ただし、4人の裁判官のうち三浦判事だけは、国の責任を認め、判決に反対意見をつけました。

亡き父の墓前に事故のけじめを報告したいと話していた原告・たる川さんは。

たる川和也さん
「(父には)怒りを報告するしかないでしょ、この判決聞いたら」

そして避難生活で家族が引き裂かれた原告の渡部さんは会見で。

渡部寛志さん
「東京電力だけに責任を負わせて、地域住民と東京電力の関係というだけで終わらせてしまう。それではそもそも多くの人に苦しみを与えた原発事故を起こした社会の誤りというものを正せないまま終わってしまうと思います。非常に許せない判決でした」

「事故の痛みを人ごとにしないでほしい」。渡部さんが裁判で一番訴えたかった願いです。

※たる川和也さんの「たる」の字は、「きへん」に右側が「尊」の字です。