令和6年の能登半島地震、そして奥能登豪雨。最初の発災から約2年半が経過しようとしている。石川県は8月7日、復興祈念シンポジウム「ノトノコエ 2026」を大阪で開催する。震災の風化防止を図るとともに、これまで全国から受けた支援に感謝を伝え、創造的復興の歩みと未来への展望を広く発信する機会とする。

メインゲストは被災地能登で支援活動を続ける俳優の常盤貴子さん。シンポジウムに先立ち、能登への尽きない思いを聞いた。

2015年のNHK連続テレビ小説「まれ」への出演を機に、能登を「第2のふるさと」と公言して深い交流を続けてきた常盤貴子さん。震災後も、がれき撤去や炊き出し、被災したカフェでのチャリティー茶会、地元の子どもたちとの映画制作、「一人一花(ひとりひとはな)運動 in 能登半島」など、多岐にわたる支援活動に全力で取り組んでいる。

常盤貴子さん
「もう本当に自分が大好きな場所だから、自分にとって大切な人たちがたくさんいる場所だから、その人たちが今踏ん張っているなら私も一緒に踏ん張っていきたい、という思いだけなんです。被災された現地の方々は日々の生活でいっぱいです。だからこそ、外からの力だからできること、外からだから見えることが確実にあると思っています。少しずつでも『外からの風』を運んでいけたらなと」

子どもたちと花の苗を植える常盤さん。

細く長く、つながり続ける

常盤さんが取り組む「一人一花運動 in 能登半島」は、公費解体が進むにつれて増えていく広大な更地に、ひまわりなどの花を植えて被災地に彩りを取り戻そうというプロジェクトだ。2025年3月に始まり、今では被災した能登地域の全6市町、16か所(2026年6月19日現在)に「復興の花壇」が誕生している。

常盤さんが復興支援活動で大切にしていること、それは「細く長く」続けることだという。

常盤さん
「ガーデンを作ったことによって、私たちがそこにずっと関わり続けられる場所ができるんです。この前も、昨年作った能登のガーデンを巡って、『一年間お花はどうだった?』とお茶を飲みながらお話したりしました。外から来たボランティアの方々と地元の方々が『一緒にお花を育てる』という共同作業があるからこそ、一時的なイベントで終わることなく、『継続的なつながり』へと自然に育っているのだと感じています」

石川県珠洲市飯田地区には、住民による「園芸部」も結成された。週に1度、花のメンテナンスをする名目で集まり、交流を深めるうちに、ガーデンで育った花でワークショップを開くなど、新たな地域活動も生まれたという。

住民の輪が広がる中、常盤さんの活動も、終わるどころか広がりを見せている。

常盤さん
「ボランティアの人、支援者、能登に移住したい人、能登に戻りたいけど戻れない人…今、泊まれる場所がないじゃないですか。私の知り合いも『お正月、能登帰るの?』と言ったら『帰らん』って。だからこそ、親族全員で集まれる場所を作りたい。一棟貸しのような形で利用できる宿泊施設を、ちょっとやってみたいなと思っているんです」

2025年1月、被災地の石川県珠洲市で炊き出しボランティアを行う常盤さん。

能登半島地震は2024年1月1日に発生した。普段は静かな能登のまちが、帰省した子や孫たちの笑顔とおせちの膳で一番華やぐ元日。その最も温かい家族の団らんを突如として震災が切り裂き、元日は能登の人々にとって「忘れがたき鎮魂の一日」となった。しかし今、その深い傷跡を覆い隠すように、世間では震災風化の懸念が押し寄せ、被災地を焦らせている。

常盤さん
「あるラジオ番組の街頭アンケートで、元日に何が起こったか思い出せないという方が多くいらっしゃって、ものすごい温度差にショックを受けました。これが現実なのだと突きつけられたとき、ただイベントをやって終わりではなく、もう少し何かやり方を変えていくことも必要だと思うようになりました」

「観光に行って楽しむことが、一番の支援になる」

シンポジウムでは、常盤さんが石川県の山野之義知事と対談し、自身の取り組みを紹介するとともに、一人ひとりができる能登との「つながり方」などについて語り合う。

常盤さん
「今からでもできる支援はいくらでもあります。大阪から金沢、そして能登へは意外と近いですし、道もかなり良くなっています。『行ってはいけないのでは』という思い込みがまだ残っているかもしれませんが、実際に観光に行って楽しんでもらうことが、一番被災地が喜んでくれることです。そこに足を運び、現地の人と出会い、思い出ができることで、自然と意識は変わっていきます。ぜひ皆さんも、能登に新しい風を運んでいただけたら嬉しいです」

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シンポジウムでは、常盤さんを招いたトークイベントに続き、能登で復興に取り組む関係者や専門家などによるパネルディスカッションが行われ、それぞれの立場から復興の状況や今後の展望などについて議論が交わされる。

震災で輪島塗の商品も工房も失った浦出さん。現在は輪島市内に整備された仮設工房で会社を続ける。

輪島市の伝統産業である輪島塗を扱う会社「ヌシヤ」代表の浦出真由さんは、パネルディスカッションの登壇者の1人だ。地震により、輪島市内の自宅は全壊、工房は大規模半壊。大切な道具やこれまでの作品も多くを失うという絶望的な状況に直面したが、今は仮設の工房で仕事を再開している。

故郷の伝統「輪島塗」を守りたい

父親が漆芸作家という環境で育った浦出さんは、東京のウエディング・ギフト業界での20年のキャリアを経て、「故郷の伝統を守りたい」と2023年にふるさと輪島へUターンした。おしゃれに気軽に輪島塗を楽しめる商品としてアクセサリー類を制作し、いよいよ初めての販売を迎えるというタイミングで、震災に襲われた。

ヌシヤ株式会社 代表 浦出真由さん
「1月1日は、初めてのイベントのために和倉温泉の加賀屋にいたんです。朝から準備をして、ちょうどお客様のチェックインが始まるという時間に地震が起きました。商品は1個も売れないまま、着の身着のままで避難。絶望を味わいました」

震災で輪島塗の職人の多くが工房を失い、遠方への避難を余儀なくされた。発災から1年が経っても事業を再開できた職人は6割程度にとどまるとされ、複数の職人による分業制で完成する堅牢優美(けんろうゆうび)な伝統工芸品は、今なお存続の危機に直面している。

浦出さんは、輪島塗の文化を守りたいという同じ志を持つ若手事業者たちとともに「輪島塗復興協議会」を結成。自分たちだけでなく、散り散りになった職人や、高齢で再開を諦めかけている職人たちを支えるため、共同で使える仮設工房の確保や道具の支援、発信活動などに奔走している。

浦出さん
「協議会の活動で、専門家や大学生たちの協力を得て被災した職人71人の聞き取り調査を行ったんです。仮設住宅や避難先の工房、金沢などへ直接足を運び、生の声を拾って見えてきたのは、『道具や場所がなくなっても、もう一度輪島塗の仕事がしたい』『作り続けたい』という、職人さんたちの想像以上に強く、切実な熱意でした」

浦出さんら協議会メンバーが今取り組んでいるのが、若い世代や新たなファン層との接点開拓だ。ワークショップやキャラクターとのコラボ、企業の記念品づくりなど、さまざまなアイデアを実現すべく奔走が続く。そんな、がむしゃらに取り組み続ける中で、ありがたい提案が舞い込んだ。

浦出さん
「東京都内の大手企業から、社内で輪島塗のワークショップを開きたいという提案をいただきました。企業側が職人の交通費や宿泊費を負担してくださることで、現地(能登)に来られなくても輪島塗を知ってもらい、文化活動として応援してもらえる。補助金だけに頼るのではない、持続可能な未来のビジネスモデルや復興のケーススタディになればと考えています」

大阪で開催されるシンポジウムでは、まさにこうした「能登から離れた場所でもできる支援の在り方」を広く発信し、次なる一歩へと繋げていきたいという。

浦出さんの会社「ヌシヤ」が手掛ける、輪島塗をおしゃれに楽しめるアクセサリー

浦出さんが登壇する復興祈念シンポジウムの詳細はこちら

「関係人口」拡大が復興のカギ

震災と豪雨は、能登地域に物理的な被害だけでなく、深刻な人口流出という影を落としている。直近の国勢調査速報(2025年10月1日時点)で、石川県珠洲市の人口が前回の2020年の調査から34パーセント減少するという衝撃的な数字が示された。

震災前の状態に形だけを戻す「復旧」はもはや現実的ではない。石川県は、人口減少という現実を正面から受け止め、その上で未来への可能性をひらく復興方針「創造的復興プラン」を策定した。プラン実現のカギとなるのが、「関係人口の拡大・創出」だ。

関係人口とは、一度きりの「観光客」でも、ハードルの高い「移住・定住者」でもない。「能登から離れた場所に暮らしながらも、それぞれの方法で復興を後押しし、関わり続けてくれるファン(応援団)」のことだ。

2026年5月、石川県輪島市の国名勝・白米千枚田ではオーナー会員による田植えが3年ぶりに復活した。

石川県 能登半島地震復旧・復興推進部 創造的復興推進課 村木茂 課長
「これまで延べ20万人を超えるボランティアに入っていただき、感謝しかありません。人口減少という現実に正面から向き合う『創造的復興プラン』を進める上で、私たちは『関係人口』の存在に大きな可能性を感じています。週末だけ能登に滞在する二地域居住や、ボランティアで能登の魅力に触れた方がお祭りの時に帰ってきてくれるような、細く長い関係を築いていきたいです」

能登の「いま」を知り、私たちに何ができるのか。一過性の支援で終わらせず、これからの未来を共に創る「関係人口」として能登とつながるヒントを、シンポジウムで見つけてみてはいかがだろうか。

シンポジウムは参加費無料で定員200人。復旧・復興の歩みを伝えるパネル展示が行われるほか、「能登官民連携復興センター」の紹介ブースなども設置される。

村木課長
「忘れ去られることが被災者にとって一番つらいことです。このシンポジウムを通じて、これまでの感謝を伝えるとともに、次なる未来へ歩みを進める能登へ、もう一度足を運んでいただくきっかけにしたいと考えています」

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〈令和6年能登半島地震・奥能登豪雨復興祈念シンポジウム〉
日時:令和8年8月7日(金)13時30分から16時まで(12時30分開場)
場所:グランフロント大阪 ナレッジシアター
   (大阪府大阪市北区大深町3-1 北館4階)

詳細および申し込みは、「ノトノコエ 2026 参加申込フォーム」から。申し込み多数の場合は抽選となる。