各業界の最前線のテーマを語り合い、新たな未来のビジョンを考える番組『CROSS DIG VISION』で異色の対談が実現。ゲストは丸亀製麺を世界へ広げたトリドールホールディングスの粟田貴也社長と、角界の常識を覆すスピード昇進を果たした第75代横綱・大の里関。効率化や生産性が叫ばれる現代において、あえて定量化しにくい「心」や「本物」の価値を愚直に追求する理由、そして、「心を高める意味」について語っていただいた。
規格外な横綱の胃袋
第75代横綱 大の里関
「部屋のすぐ近くに丸亀製麺があって、本当によく行きます。炭水化物に炭水化物を合わせるのが好きで、うどんとおにぎりを一緒に食べたりしますね。量は得サイズを2つぐらい食べます」
トリドールホールディングス 粟田貴也社長
「得サイズ2つですか!? それはすごい(笑)。ありがとうございます。ちなみに私は昔から、かけうどんに天ぷらを乗せるという、非常にベーシックな食べ方が一番好きです」
冒頭、大の里関の豪快な食べっぷりに粟田社長が顔をほころばせ、場が一気に和やかな空気に包まれた。うどん談義で互いの距離が縮まったところで、話題は今回の核心である「心」の話へと移った。
効率重視に成長はない。「人的資本経営」のその先へ

粟田社長
「人をコストではなく資本として捉え、価値を生み出すという考え方の『人的資本経営』という言葉が最近はよく使われるんですが、私たちはそこからさらに一歩踏み込み、働く人の『心』を高めていく『心的資本経営』こそが最も大切だと考えています。私たちが企業として重きを置く価値は『感動』でして、お客様により多くの感動をお届けするためには、まず感動を与える人自身が仕事へのやりがいや意欲といった心を高めなければならないと考えています。そうすることで従業員の内発的動機が育まれ、お客様に提供する“食の感動”の質を深化させることにつながると考えています」
労働力不足が進む日本社会において、多くの企業が効率化や省人化へ舵を切る中、トリドールホールディングスは「心」を中心とした経営戦略を掲げている。
粟田社長
「タイパやコスパのように効率を重視する時代ですが、私たちは外食には効率を超えた楽しさや人のぬくもりのような数値化しにくい部分を大切にしたいと考えています。そうした背景から、働く人が幸せを感じる『ハピネス(Happiness)』と、お客様の来店動機となる『感動』。この二つを融合させた『ハピカン経営(心的資本経営)』という独自のモデルを推進しているところです」
効率を追求するだけでは生まれない「熱量」が、人を惹きつける原動力になると粟田社長は語る。この視点は、勝負の世界とも深くリンクしていた──。
「戦う心」と「おもてなしの心」の共通点
大の里関
「心はとても大切だと思います。相撲には『心技体』という言葉がありますが、最初に『心』が来ていることからも、やはり心が一番大事だと思います。本場所は15日間続きますが、その間、心を維持するだけでも本当に大変です」
わずか数秒で決着がつくこともある相撲の世界。その一瞬のために費やす膨大な時間と本番での心の持ちようについて、大の里関は自身の経験を語った。
大の里関
「一日一番、早ければ5秒以内で終わることもあるスポーツです。その一瞬のために多くの時間を費やして稽古をしています。本番では余計なことを考えすぎず、やはり心を整えることが何より大切だと感じています」
ビジネスと相撲、フィールドは違えど、戦うための土台は「心」にある。技術や戦略の前に、まず整えるべきものがあるという共通認識が両者の対話の深度を深めていった。
「心」の循環が売上を生む
粟田社長
「私は、従業員の心への投資が結果として売上につながると信じています。私たちはお客様に来ていただかなければ何もはじまりません。丸亀製麺では、粉からうどんをつくる手づくりやできたてのうどんを通して、お客様に『感動体験』をしていただくことを大切にしていますが、それを提供するための環境づくりにもこだわっています」
トリドールが目指すのは、従業員の心の幸せがお客様の心の感動を生み、それが企業の繁盛につながるという好循環だと語る。
粟田社長
「感動を提供するのは現場のスタッフです。彼らが心から『お客様に喜んでいただきたい』と思わなければ、感動は広がりません。『ハピネス』があり、そこに『感動』が生まれ、その結果として『繁盛』がある。そして得られた利益をまたハピネスに還元する。私たちはこれを『ハピカン繁盛サイクル』と呼んでいますが、それは相撲の『心技体』に似ているかもしれません」
数字を追うのではなく、心の充実を追うことで結果として数字がついてくる。この確信に満ちた言葉から、長年、ビジネスの最前線で戦ってきた重みが感じられた。
「友達はいらない」横綱の孤独と覚悟

大の里関
「少し変に聞こえるかもしれませんが、僕には同業の友達はいません。あえてつくらないようにしています。勝負は何がどこにあるかわかりません。ちょっとした弱音を吐いただけでも、『こいつ、ここが弱いんだな』と悟られてしまいますから。同様に、記者の方に対しても、『ここが痛い』というようなことは絶対に言いません。勝負は土俵の上だけでなく、土俵の外から始まっていると考えています」
徹底して隙を見せない勝負師としてのプロ意識。そんな張り詰めた日々の中、息抜きに付け人とゲームセンターに行くが楽しみだとはにかむ、等身大の若者らしい一面ものぞかせる大の里関。
粟田社長
「いまのお話を聞いて、本当にすごい戦いをなさっているんだなとひしひしと感じました。経営も社員と共に行う団体戦のようなものですが、横綱の孤独な戦いぶりには頭が下がります」
一方で、話題が「決断」になると、今度は大の里関が粟田社長に共感を示した。
粟田社長
「大きな決断は本当に勇気がいります。ただ、最後は自分を信じることですね。いわば直感のようなものかもしれません」
大の里関
「僕も社長と同じような考え方です。たとえば、部屋選びがそうです。大相撲の世界は、プロ野球やJリーグと違って移籍ができません。一度、部屋に入れば引退するまでその部屋の人間です。だから、自分が選んだ道を正解にするしかありません。いまの部屋に入れて、この地位まで来ることができたというのは、自分の勘が間違っていなかったのかなと思います」
やり直しがきかない環境で、自らの決断を信じ抜く強さ。そんな、大の里関の覚悟の根底には、“ある言葉”との出会いがあったと言う。
父と恩師から受け継いだ「唯一無二」への思い
大の里関
「自分がよく使う『唯一無二』という言葉は、実は父親が常々言っていた言葉なんです。大関や横綱昇進の伝達式での口上を考える際、高校時代の恩師に相談したところ、『この言葉を大事にした方がいい』と背中を押されました。記録ずくめで昇進したこともあり、『もうこのような横綱は二度と現れない』という意味を込めて使わせていただきました」
このエピソードを聞いた粟田社長は、深く頷きながら自身の経営哲学と重ね合わせた。
粟田社長
「最速で頂点まで上り詰めた背景には、想像を絶する努力があったと思うんですね。まさに横綱は唯一無二の存在です。『唯一無二』という言葉、私も大好きでして、私たちの会社でもよく使わせてもらっています。たくさん飲食店がある中で、『わざわざ足を運んでくれる』ような、他には代えがたい唯一無二の存在になりたいと強い願いを込めて使っています」
大の里関
「親方からよく『つまらないことをどれだけ楽しくできるかが大事』だと言われます。たとえば、四股(シコ)のような、昔から変わらず残っている基本動作には、それだけ大事にされてきた理由があります。一見地味なことでも、それさえやっておけば絶対強くなると信じて愚直に続けています」
派手な技や結果の裏には、気の遠くなるような基本の反復があります。大の里関が語る「愚直な継続」の重要性に、粟田社長も強く共感する。
粟田社長
「横綱の言葉を聞いて、『本物』とはブレないことだと改めて感じました。私たちも、小麦粉と水と塩だけでうどんを打ち続けるという基本スタイルは、どこまでいっても変えてはいけない真実の道だと思っています。信じた道をひたすらやり続けることの中にこそ、『唯一無二』の真の価値が宿るのではないかなと思います」
時代が変わっても変えてはいけない「本質」を守り抜くこと。それこそが、他者が真似できない圧倒的な力を生み出す源泉になる。トップを知る者だからこそ語れる世界がそこにはある。
「好き」という感情が未来を切り拓く
大の里関
「自分はスポーツ全般が大好きですが、やはりこの恵まれた体に産んでくれた親に感謝し、この体を活かすなら相撲しかないと思いました。最初は嫌いでしたが、ある時『自分にはこれしかない』と気づき、そこから相撲が好きになりました。いまは、長所は『相撲』だと言い切れます。それぐらい、ひとつのことを極めるのが一番だと思っています」
対談の最後の話題は、「原動力」。それは極めてシンプルな「好き」という感情だった。
粟田社長
「私も横綱の言葉を聞いて、改めて『商売が好きだ』と感じました。だからこそ続けてこられたのだと思います。私たちの目下のゴールは、働く人たちに『お店が大好き』と言ってもらえる環境をつくることです。『好き』という感情は非常に強力なエネルギーですから。それをこれからも大切にしていて、お客様に多くの感動をお届けしたいですね」
ビジネスと相撲。異なるフィールドで頂点に立つ二人が見出した共通項は、効率や数字の先にある「心」と「本物」へのこだわり。自らの心を信じ、ブレずに貫く姿勢こそが、誰にも真似できない「唯一無二」の価値を生み出す――まるでぶつかり稽古のような本気の人間が放つ熱気を帯びた対談となった。
粟田貴也(株式会社トリドールホールディングス代表取締役社長兼CEO)
1961年10月28日生まれ。兵庫県出身。大学を中退後、焼き鳥居酒屋を創業。その後、香川県で着想を得て始めたセルフ式うどんの「丸亀製麺」を中心に、様々な業態の飲食店を展開。売上高2600億円以上の日本を代表する外食企業を一代で築き上げた。
大の里泰輝(第75代横綱)
2000年6月7日生まれ。石川県出身。2023年5月、二所ノ関部屋から初土俵を踏み、史上最速の主要3場所で新入幕。わずか9場所で大関に昇進。2025年7月場所で第75代横綱に昇進。将来を嘱望される若手力士。